人が自らの死期を悟ったとき、最後まで闘う姿を見せようとする人と、病み疲れた姿は見せたくない、と身を引こうとする人と、大きく2つに別れるように思う。もちろん世間の目から逃れて静かに死んでいこうとする人が圧倒的に多い。


しかし「死」というものがどんどん身の回りから遠ざけられている現在では、最期のようすを公にすることはそれだけでたいへんにタフで、また意義のあることだと私は思う。だいたい、実際に死体を見た経験のある人は少ないはずだ。身内であっても棺桶のフタについた小窓から透明プラスチック越しに別れを交わすのが精いっぱいだったりする。


それでは、あの生命を失った肉体のなんともいえないふてぶてしさみたいなものは伝わらない。いやいや、そんなの関係ないもん、自分か死んだあとのことなんか知らないもん、どうにでもなれば? といわれれば、そりゃそうだ。


しかし、あまり死を遠ざけていると、ついうっかり自分は死なないとかヘンなふうに思い込んでしまいやしないか? 死んでもリセットすれば生き返ると信じ込んでいる子どもたちもいるらしいし。


かつてのような派手な霊柩車や、葬式に出払ったところを空き巣に狙われるからと玄関に張り出されることもなくなった「忌中」の半紙、そんなものに不意討ちを食らってギクッとする経験がたまにはあったほうがいいんじゃないの。


手際よく死んで片付けられていけば、死んだ者の苦しみや葛藤さえも希釈されて日常に流れていく。いくつもベッドが並んだ病室で、最後の看取りの部屋に送られるまで、死にゆく者と家族とはどのようにしてコミュニケーションをとればいいのだろう。


死の瞬間に立ち会った経験があるのとないのとでは、その後の人生、違うと思う。そういう意味からもアントニオ猪木(78)はやっぱりエラい!! と思うなあ。見てくれ。燃える闘魂、アントニオ猪木の覚悟を。↓


◆ 『東スポWeb』2021年4月6日配信
【闘病中の猪木氏 引退から23年「4月4日4時」にメッセージ「最後まで闘って生きていく」】

《闘病中の〝燃える闘魂〟アントニオ猪木(78)が5日、自身のユーチューブチャンネルからメッセージを送った。

「4月4日4時」というタイトルで公開された動画は、猪木氏が引退した1998年4月4日の東京ドーム大会からちょうど23年のタイミングで撮影されたものだ。トレードマークの赤いタオルを肩にかけた猪木氏は「俺も元気が売り物ですからね。早く売り物に傷つかないように頑張っていこうと思ってます。今日も1日リハビリをやって、晩飯はまた皆さんがいろいろ用意してくれたので。病院食も食べればいいんですけど、なかなかね、胃袋が小さくなっちゃったんで、胃袋を広げることの戦いをいまやってます」と近況を報告した。

さらに猪木氏は「大きな声を出してないとだんだんね、舌がきれなくなってくるんで。なんとかね、元には戻らないにしても、最後の最後まで闘って生きていく。そういう猪木を見てもらいたいと思います」と視聴者にメッセージを送った。「コロナもいずれ終わるでしょう。その時に何をしたらいいかということを、いろいろな側面から考えてね、いきたいと思います。俺のメッセージが役に立てばいいなあと思ってます。最後に、行くぞ! 1、2、3.ダー!」と、笑顔で拳を突き上げていた>》


ハッタリ屋だとか山師だとかいろいろ悪しざまにいわれ、事実なんだかんだいろいろなことがあったとしても、アントニオ猪木はいまの自分の役割というものをしっかりわきまえている。それは、いってみれば魂のロールモデルみたいなものだ。


実生活でアントニオ猪木のように生きることは不可能でも、アントニオ猪木のように魂を燃やして生きていくことはできる。


アントニオ猪木は子どものころの私のヒーローであった。猪木さん、私も頑張ります。そして「なんとかね、元には戻らないにしても、最後の最後まで闘って生きていく。そういう」猪木さんを見届けさせていただきます。頑張りましょうよ。


ああ、ハルク・ホーガンのアックス・ボンバーを食らって場外に転落。ウソかマコトかベロンと舌を出して失神したあのときを思い出すなあ。
















 今日の備忘録↓





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夜を引き裂け!! ジっちゃんのギター




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いまだに子ども部屋住まい。(了)





























 † アミューズ本社の富士山麓移転(アミューズビレッジ創設)は、やはり宗教がらみとの噂







 






















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