あの……、“女らしく”、“女性なら”、といういい方が性差別的であるということはよーく承知しておりますけれども、あの、……あの、……ちょっとお伺いしたいのは、“男らしく”、“男性なら”、というほうの、男に対する性差別はどうなっているのかな、と。一時期“男らしさの呪縛”ということが少しいわれておりましたけれども、あれはその後いったいどうなったのか、な? と。……、はい。


ああ、はい。はい。だからそんなこといつまでもゴチャゴチャいってんじゃねーよ、バカ、男らしくねーなー、ということでございましょうか。あ、はい、……。


という今日このごろである。そして、というか、しかし、男にとって大切なのは、男同士がやさしく付き合ったって、男同士で慰めあったっていいじゃない、などということではなくて、それが女にどう見られているか、なのだ。もう、誤解を恐れずにいえば“女々しい男は女に嫌われる”という厳然たる事実があるのだ。


ここなのだ。ここが解決されなければ男はいつまでも肩肘を張って突っぱらかっていなければいけない。


女は気をつけてほしいなあ、と思った? 男のあなた。だけどそこでまた見落としがちなのが、“女らしくない女は嫌われる”という厳然たる事実が男の側にもあることだ。でもって、男は女が求める男になりたがり、女は男が求める女になりたがる。


性差、性差別について考えるときにはいつも抜かりなく女と男を対にして考えなければならない。そして“男は強く女はやさしく”という固定観念から自由にならなければ、その対のイメージはイビツになりかねない。


しかし現実には男は女のモノサシで自分を見、女は男のモノサシで自分を見る。ということなのよ。簡単に個人として自律的に自立できるわけではない。誰がなんといおうと私は私、とはとてもいかない。男は女のために生きているし女は男のために生きている。ざっくりいうとな。誰からも愛されたくないというのなら話は別だけれど。


(↓)この記事を読んでつくづくそう思った。長い文章なのでおすすめできないけれども、こうして人は女と男の隘路に落ちていくというひとつの見本である。


◆『日刊サイゾー』2021年2月24日配信
【『アメトーーク!』仲良し芸人企画が成り立たなくなる日は近い──サンドウィッチマンが体現する“男同士のケア”】

《──男性は同性間で“競争”をベースにしたコミュニケーションスタイルを取ることが多いとされてきた。それによって男性同士の“ケア”が生まれず、その役割を女性に押し付けてきたことが今批判されている。男性同士のケアとは、どんな形がありうるのだろうか? ここでは芸人をモデルに考えてみたい。

フェミニズムが盛り上がる中で、男性同士の関係性にも焦点が当たるようになっている。

従来、男同士の友人関係といえば「いつまでも一緒にバカやってられる友人」というようなイメージが当てはめられ、さっぱりしていて楽しいものだとされることが多かった。もちろん、いい大人になれば必ずしもそうではないとわかってくるが、そのような関係が理想のひとつとされていることは確かだろう。だが、果たして本当にそれが理想なのだろうか。

男性学の中で指摘されることのひとつとして、「男性は自分の悩みや苦しみを他人、特に同性に開示することができない」というものがある。自分のつらさを同性に語ることは男らしくない、だから語れないし、そもそも語る言葉を持っていない──日頃から男らしく振る舞うことを理想としていない男性でも、この傾向は見られる。

さまざまな場面でジェンダー的観点からの異議申し立てが進む今、「男性はケア役割を女性に押し付けてきた」「もっと男性同士でケアをするべきだ」という声が上がっている。ここでいう「ケア」とはどんなことを指すのか。『さよなら、俺たち』(スタンド・ブックス)などの著書を持つライターの清田隆之氏はこう解説する。

「ひとつには、家事のような生活や自分自身の面倒を見るという意味でのケアがあります。この点を妻や母といった女性に担わせてきた、という指摘ですね。もうひとつには、感情面の話です。男性同士のコミュニケーションには競争性がベースに働いていて、互いをいたわったり褒め合ったりフォローし合ったりするよりも、競い合っていじり合ってけなし合う──という点が特徴とされてきました。それゆえに話を聞いてくれて褒めてくれるような役割を、ここでも女性に押し付けてきた。たとえば『合コンのさしすせそ』なんて、男性を褒める言葉が女性に求められている象徴ですよね。そういうあり方を見直そう、という風潮は高まっています」

中には当然「俺は友達を褒めるぞ」「家事もするぞ」という人もいるだろう。それはそれで続けていただきたい。だが、そうではない人も多いのが現実だ。

たとえば、元NEWSの手越祐也が昨夏のジャニーズ事務所退所会見で語った「『銀座の創作和食で男だけで話すのもね』という配慮で『僕も女性を連れていきますので、手越さんも誰か連れてきてくださいますか』と言われた」というエピソード。これは緊急事態宣言下での不用意な会食について責められると同時に「なぜ男だけで話せないのか」「女性を媒介にするな」と批判された。

手越のケースはさらに別の含みを持っていそうなのでより複雑だが、男だけで飲んでいて「女子も呼ぼうか」となる流れ自体は決して珍しくはないだろう。男同士は、互いを互いでケアすることができないのだろうか。

ここでひとつのロールモデルを提示したい。お笑いコンビ・サンドウィッチマンである。

彼らが上京してから2007年に『M-1グランプリ』(テレビ朝日系)でチャンピオンになるまで2人で暮らしていたのは有名なエピソードだ。お金がなかった当時、給料が入ると鶏肉を2キロ買ってきて富澤が唐揚げを揚げまくる「唐揚げパーティ」をやっていたとよく語っている(伊達がお好み焼きを焼きまくる「お好み焼きパーティ」もあったとのこと)。

それぞれ結婚した現在も、たとえば伊達が中華料理店で食事をした際、富澤の好物の麻婆豆腐がおいしかったので「これ食べさせてやろう」とテイクアウトしていったという話を自分たちで語っている(『アメトーーク!』テレビ朝日/17年9月17日)。そのほかにも伊達が使うかもしれない物を富澤が持ち歩いていたり、誕生日プレゼントを必ず交換したり人間ドックに一緒に行ったりと、こうしたエピソードは枚挙にいとまがない。さらに、彼らはてらいなく相方のことを「おもしろい」「優しい」と評し合う。これはまさに男性同士の“ケア”の関係といっていいのではないだろうか。

こうしたイメージは彼らの人気にも直結している。

「サンドウィッチマンといえば、今や好感度ナンバーワン芸人です。もちろんネタのおもしろさやバラエティで活躍する力ありきですが、群を抜いた仲の良さも好感度の高さに貢献している。男くさい見た目とのギャップもウケている要素のひとつでしょうね」(バラエティ番組スタッフ)

男が男を気にかけて互いに世話をする、競争ではなく親愛のコミュニケーションを築く――いわゆる「男らしさ」とは遠いところにあることの表れが、評価につながるようになってきているのだ。はからずも昨年の『M-1』でウエストランドの井口浩之が「お笑い好きな女子が好きなのは仲良しコント師なんだよ!」と怨嗟の叫びを上げていたが、今や仲良しが好きなのは“お笑い好き女子”に限った話ではなくなってきている。

とはいえ、サンドウィッチマンのそうした関係性がことさら知られているのも、それがある種奇異なものとしてバラエティで取り上げられてきたからだ。『アメトーーク!』では「相方やさしい芸人」や「相方大好き芸人」といったくくり企画をたびたび放送してきた。それは仲の良い芸人という存在が珍しくおもしろい題材だったからだろう。

一方、現在のお笑いブームを牽引する第7世代は、いずれもコンビやトリオの仲が良いことが知られている。次世代を担うと目されている霜降り明星も、YouTubeで「粗品が語る!!せいやのここがスゴイ」という動画を上げているように、相方へのリスペクトの念を隠さない。「仲良し売り」などという陳腐な言葉で切って捨てられないくらい、ごく自然で当たり前のことになってきているのだ。

その価値観の定着ぶりは、現在人気上昇中の関西の若手・コウテイのように「仲が悪い」ことを逆説的にアピールポイントにするコンビすら出てきていることからもわかるだろう。いずれ前述のような『アメトーーク!』の企画が成り立たなくなっていく可能性すらある。

もちろん、かつてのダウンタウンが体現していたような「仲が悪いくらいがかっこいい」という価値観が完全に死んだわけではないだろう。若手の仲が良いのも、上の世代が詰まっているお笑いの世界で勝ち上がっていくためにはコンビで不仲になっている場合ではない、という理由もあると考えられる。だが、ここから再び「仲が悪いのがかっこいい」という価値観に戻ることはないはずだ。

「芸人のみならず、たとえば韓国の男性アイドルたちのように、スキンシップを取ったり親愛の情を表したりといったコミュニケーションを取る主体がポップカルチャーの中で表象として登場してきたことで、新しい男性同士の関係性のあり方を模索する流れが生まれてきたというのは考えられます。同性愛嫌悪と女性蔑視をベースにしたいわゆるホモソーシャルではない連帯の可能性を、男性同士が実践していくことが求められているのだと思います」(前出・清田氏)

当のダウンタウンは今や、10年ぶりとなる共演CMで「浜田~!傘持って行き~!」と、それこそ“ケア”的な身振りを演じている。もちろんCM上の演出ではあるが、当の本人たちも近年はコンビ仲の良さに言及する機会が増えてきた。しみついた古いジェンダー観が批判を浴びる機会の多いお笑い界だが、男性同士の関係性のロールモデルとしては一歩先に進みつつあるといえるのかもしれない。ダウンタウンの有り様に影響を受けた中堅芸人たちからすれば、ハシゴを外されたような気分ではあるだろうが。》


いやいや最初のボタンの掛け違いからどんどんどんどんズレちゃんになっている。ケアは男同士でも女同士でもふつうにするだろ? 男同士、バディ・ムービーみたいな仲だってある。モンダイは男同士の場合なら男同士だけではすまずにそこに女の目を意識してしまうことのほうにある。女と男をきちんと対にして考えられていないので、混乱が起きているのだ。そして男が女の目を気にするのはまったく自然なことなのだから始末に悪い。


「男性は自分の悩みや苦しみを他人、特に同性に開示することができない」のは、女に嫌われバカにされるのが怖いからなのよ。どうしてそこに気がつかないのかなあ。そこを無視してしまっていることに性差別の原点を見るような気がするぞ。


あ、あまりくどくグチグチいうと男らしくない、と嫌われそうだからもう止めよう。っと。





















 今日の備忘録↓





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よく眠れたのだが、ものすごく長大な夢を見て疲労困憊した




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ずーっと川に流されていきたい。(了)































 † ロンドンブーツ1号・2号の淳(47)、川田裕美(37)、岡田将生(31)、フルーツポンチ村上健志(40)、内田理央(29)、釈由美子(42)を一堂に集めたスキップ競走を企画するもBPOから横ヤリがはいって中止に。教育上の観点から好ましくないということだったらしい。フリークス扱いである






























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